最高裁判所大法廷 昭和32年(オ)195号 判決 1960年12月07日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人青木紹実、同堀部進の上告理由第一点について。
地方議会の議員の除名処分の取消を求める訴訟は、議員の任期が満了することにより訴訟の利益を欠くに至るものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(昭和三〇年(オ)第四三〇号同三五年三月九日大法廷判決)。そして、憲法三二条は、訴訟の当事者が訴訟の目的たる権利関係につき裁判所の判断を求める法律上の利益を有することを前提として、かかる訴訟につき本案の裁判を受ける権利を保障したものであつて、右利益の有無にかかわらず常に本案につき裁判を受ける権利を保障したものではない。また、法律上の利益のない訴訟につき、裁判所が本案の審判を拒否したからといつて、これがため、訴訟の当事者たる個人の人格を蔑視したこととなるものではなく、また右個人をいわれなく差別待遇したこととなるものでもない。(なお、原判決が上告人に訴訟費用の負担を命じた点についても、何ら違法はない。前掲大法廷判決参照)それ故論旨はすべて理由がない。
同第二点について。
一旦終結された弁論を再開することは、裁判所の職権発動にまつべきものであり、当事者が再開後の弁論において新訴追加の希望を有しているからといつて必ず弁論を再開しなければならないものではない。所論は、独自の見解をとるものであつて、採用のかぎりでない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八五条に従い主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官田中耕太郎、同斉藤悠輔、同下飯坂潤夫の補足意見および裁判官小谷勝重、同島保、同入江俊郎、同池田克、同河村大助、同高木常七、同石坂修一の少数意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官田中耕太郎、同斉藤悠輔、同下飯坂潤夫の上告理由第一点についての補足意見は、前掲大法廷判決(民事判例集一四巻三号三五五頁以下)中のわれわれの補足意見と同一趣旨である。
裁判官小谷勝重、同島保、同入江俊郎、同池田克、同河村大助、同高木常七、同石坂修一の少数意見は次のとおりである。
われわれは、原判決は破棄すべきものと思料する。
原判決によれば、上告人の碧南市議会議員の本来の任期は昭和三一年五月五日満了(本訴原審係属中)したため、上告人の本件除名決議取消を求める訴はその利益が失われたものとし「本件訴訟の目的は議員たる地位を回復することに存するのでその間の議員の報酬請求権その他の利益を事由として本件請求の利益があるということは許されない」と判断し、第一審判決を取り消し、上告人の請求を棄却したのである。(なお上告人は原審において、弁論再開の申立をなし(記録四七八丁)かつ準備書面(記録四七八丁)を以て、議員として支払を受くべき報酬請求を拡張申立しようとしていたことも記録上明らかである。)
思うに地方自治法及び市議会会議規則に基き、議員の懲罰として行われた除名処分に対し、その処分の違法を理由として取消を求める訴は、判決を以てその除名処分の効力を排除することを目的とするものであるが、その訴における原告の権利保護の利益は、原告の議員たる資格を回復し、かつ議員たる地位に伴う報酬請求権その他の権利、利益の回復を図るに外ならないものというべきである。そして原告の本来の任期が既に満了し、現在においては、その資格を回復する利益が存在しなくなつた場合においても、叙上のような報酬請求権等が害されたままの不利益状態が存在し原告においても報酬請求権等を追求する意思がありと認められる限り、原告はなおかつ取消訴訟を追行するの利益を有するものと解すべきである。けだし議員除名の行政処分は、取り消されない限り除名の効力を保有し、その資格に伴う報酬請求権その他の権利、利益は喪失することになるので、除名処分の効力を排除する判決を得ることが、これらの権利利益を回復するための適切、有効な手段となるものと解すべきだからである。従つて、多数意見には到底賛同できない。なおその理由の詳細は、昭和三十年(オ)第四三〇号同三五年三月九日言渡の大法廷判決に付した上告理由第一点に対するわれわれの少数意見を引用する。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一)